わろてんか 12/26(火) 島根で安来節(やすぎぶし)の踊り手をスカウトする藤吉とてん

※ネタバレ含んでいます。ご注意ください。

ダイジェスト

てんと藤吉は、島根の安来節の踊り手を大阪に連れて帰るため、踊り手の娘たちと面接をしていた。

雇った娘たちの面倒は、てんが見ることになっていた。
この地域は貧しいので、120円の契約料と20円の月給という条件は、娘たちの親御さんにとって助けになる、と藤吉はいう。

翌日、選ばれた4人の娘を前にして、藤吉とてんは親御さんたちとの話し合いに進もうとしていた。そのとき、安達都(あだち みやこ)の父が突然現れ『うちの娘は大阪へは行かせんけん』と、都を連れて帰ってしまった。

てんは、父・儀兵衛を思い出していた。
大事な娘のことを心配するお父さんの気持ちは良くわかる。娘さんが大阪で幸せになったところを見せてあげたい。と決心するてん。

翌日、てんと藤吉は『朝から晩まで親代わりになって娘さんの面倒を見る、娘さんは必ず幸せにする』と安達都の父親に約束した。

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 島根で安来節(やすぎぶし)の踊り手をスカウトする藤吉とてん

※ここから先は個人的な感想です。

 安来節(やすぎぶし)とは

『安来節』というと思い浮かぶのは、どじょうすくいです。滑稽な扮装と動作で笑わせる宴会芸、というのがわたしの印象です。

安来節はもともと島根県安来地方の民謡だったが、明治期には花柳界のお座敷唄として流行した。大正二年の『日本勧業博覧会』の歓迎イベントでお披露目したのをきっかけに、安来節巡業団が生まれ東京でレコード化。上野音楽学校のお墨付きを得て東京の一流の寄席に出演するようになった。(参考:個人的安来節乃情報集積庫

この頃に、吉本興業の林正之助が大阪でブームを作ったのですね。

確かに落語よりは庶民的で楽しいと思いますが、風太が言うように『レコードや活動写真と張り合える娯楽』かというと疑問やなあ。ライブだという点はレコードや活動写真より勝っていますが。

 安来節 女踊りの娘たち

安来節の女踊り手として選抜されたのは、4人の娘たちでした。

勝部なつ(かつべ なつ)は、踊りと容姿に自信があり、自信満々の流し目で自分の魅力をアピールする。やりすぎな感じ。大正時代にはこんな娘はいなかったと思う。

小豆沢とわ(あずきざわ とわ)は、素朴な田舎娘風。唄も踊りもあまり自信はない。甘いものを食べるのが好きだ!と、突然のオーバーアクションで驚かせる。

錦織あや(にしごり あや)は、好奇心旺盛。とにかく通天閣が見てみたい、給金は活動写真やレストランに使う、素敵な男性との出会いも期待。オーバーアクションがくどい。

安達都(あだち みやこ)は、踊りがずば抜けてうまい。お金が欲しいから大阪に行きたい。牛を買って父母の仕事を楽にし、兄弟を学校に行かせてやりたい。

都だけは普通の態度なのでほっとします。他の三人は大げさすぎておかしい。なんでそういう演技指導するかな。

安達都の父は娘の大阪行きに反対です。
そりゃそうですよ。大阪の太夫元なんて何されるかわからんわ。実際、芸よりも色気を見せ物にする面もあったんでないの?娘を高く売ろうとしないだけでも、安達都のお父さんはマトモだと思います。

しかし都は大阪に行きたいと。お金を稼ぐなら、岡山の紡績工場よりも大阪の寄席のほうがいいと。確かに紡績工場の女工よりは、多少のエロがあっても寄席に出るほうが幸せかも知れない。貧しい家に生まれた女性の宿命は過酷でした。

あとがき

てんと藤吉が島根の海辺を歩くシーン。

『図らずもそれは、二人にとっての…』と、思わせぶりなアナウンスが始まったので、おっ!これは!『…最後の旅行となりました』かと思ったのですが、『…新婚旅行になりました』でした。残念。

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