わろてんか 3/27(火) 風太が風鳥亭の看板を持って米原(まいばら)の疎開先に来た

※ネタバレ含んでいます。ご注意ください。

 ダイジェスト

空襲で大阪が焼け野原になったことを知ったトキ(徳永えり)は、風太(濱田岳)を心配して大阪へ戻ろうとするが、てん(葵わかな)は危険だと引き留める。何日経っても風太や芸人たちの消息は不明のまま、不安を募らせるトキや子供たちの気を紛らわせようと、てんはいつにも増して笑顔を心がける。だが、そのことが気に食わない治平(西川きよし)はてんたちに、「わろたらアカン」と真顔で怒り出す。

以上、yahoo!テレビより引用

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風太が風鳥亭の看板を持って米原(まいばら)の疎開先に来た

※ここから先は個人的な感想です。

風太が根性出して、米原まで看板を担いで来ました。まさか徒歩じゃないですよね。大阪市街地は焼けたけど、京都に近い場所から電車に乗れたのではないでしょうか。京都から米原までは無事でしょう。

今日はしっくり来た「辛いときこそ笑うんや」

トキは、一週間前に大阪に電報を打ったのに風太から何も音沙汰がない。

治平爺さんは孫の洋平を戦争に取られた。近所では、次々と南方やビルマでの戦死の知らせが来る。心配で胃が痛くて、ため息ばかり。

まさに、こんなときですよ。
「辛いときこそ笑うんや」の出番は!

①自分には差し迫った身の危険はなく、衣食住も足りている。
②辛いことに対して、為す術がない

辛い時は、まず①を死守。これが整わないと笑ってる場合ではありません。
次に②。解決するため何か策があるなら、まず全力でそれをやりましょう。

自分にできることは全部やったが、どうなるかわからない。不安だ。心配だ。もしダメだったらどうしよう。

そういうときこそ、笑うんや!です。
わたしはそう思っています。
楽しいという思念波は、目には見えないけれどもいいことにつながる。

今日のおトキや治平さんは「辛いときこそ笑うんや」にピッタリの状況だったと思います。てんが「辛くて辛くて毎日泣きたいくらいです」と正直な気持ちを認めたのも良かったし、治平さんに笑いを強要しない点も良かった。

このドラマのテーマ「辛いときこそ笑うんや」は、今日みたいな見せ方をしてくれれば、しっくり来て違和感がありません。それを、何でもかんでもこじつけたり人に強要したりするから、おかしなドラマになったんだと思う。

年寄りは子供と接すると元気になる

孫を心配して胃が痛かった治平さんは「笑うカドには福来たる」と気を取り直し、藤一郎や飛鳥と一緒に福笑いをして遊びます。怖い爺さんが急にいい爺さんになりました。

年寄りってね、子供と接すると元気になるんですよねぇ。生命力いっぱいの子供のエナジーが伝搬するのかな。

わたしは、お年寄りが保育の仕事をしたらいいと思うんです。
寿命が伸びてまだまだ元気で働ける65歳以上は沢山いるしね。保育所の場所が不足しているのなら、ひとり暮らしのお年寄りの家の一室を借り上げたっていいのではないでしょうか。

あとがき

風太が、大阪から米原まで風鳥亭の看板を担いでたどり着きました。国民服ではなく、ワイシャツにネクタイ姿なのはどうしてだろう?

天満風鳥亭の焼け跡に目印を立てるといって風太はまた大阪に行きましたけど、危ないです。もうちょっとしたら終戦やのに…と今だからこそ言える感想。

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