わろてんか 1/8(月) 東京への進出を図る藤吉は、浅草でキースに再会

  • ※ネタバレ含んでいます。ご注意ください。

ダイジェスト

大正12年(1923年)八月末、北村笑店は東京にも進出しようとしており、藤吉は浅草の寄席に出かけた。

風太がボウリングに行く約束をすっぽかし、おトキは怒っている。
キースが渡米したため1人になったアサリは、新しい相方が気にいらない。もうこれで5人目だ。いっぽう、ウタコ・キチゾーは大人気で、東京の寄席からも声が掛かっている。

伊能栞は、公共事業に寄付するなどして社会へ利益を還元し、より事業を強固なものにしようとしていた。リリコも女優を続けているようだ。

東京の芸人を集めようと浅草の寄席を訪れていた藤吉は、思いかげずキースと出会う。
渡米したキースは日本に帰ってきており、浅草で『和製チャップリン』の芸を見せていた。

大正12年9月1日、風鳥亭では、てんとおトキがゆっくりした『揺れ』に気づいた。
『関東大震災』だった。

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東京への進出を図る藤吉は、浅草でキースに再会

※ここから先は個人的な感想です。

なんと、前回から2年以上もの時が経ってるとは!

藤吉は『この二年で、相方が4人代わった』と、アサリの近況を語っています。
ということは、キースが渡米してから2年が過ぎたということ。
乙女組の成功祝いの席にキースはいましたから、安来節をお披露目してからもう2年以上が経ったわけです。

2年の間に変わったことは?

キースは、渡米して帰国して、浅草の小料理屋に住み込んで『和製チャップリン』芸人になっていました。

…キースがアメリカの劇場でスタンダップ・コメディをしていたり、チャップリンの弟子になったりしたとは、とても思えへんわ。本当はアメリカなんて行ってなくて、神戸あたりでチャップリンの映画を見ただけなんと違う?

伊能栞さんは、社会的信用を固めるためにも、社会に利益を還元。手堅く事業を進めている。リリコも女優を続けていました。

おトキと風太は、ボウリングデートをするくらいに親しくなりました。2年以上も経ってやっとデート?

北村隼也クンは、とわと家出したときと全く変わりません(笑)いちばん成長が著しい時期なのに…

藤吉もてんも、まったく変わらず。
史実では、吉本せいの夫は関東大震災の翌年に亡くなっています。このドラマではどうなることか?

安来節乙女組は、跡形もなく退場しました。
新しい芸域としての安来節の興行は寄席経営の大きな転機だったのに、その後どうなっているのか話題にものぼらないのはどうしたことでしょう。

関東大震災はどう扱われるのか

関東大震災はどのように描かれるのでしょう。『こんな時こそ笑いを』てんがヘラっと言うのでしょうが…。「笑い」は衣食住が落ち着いてから初めて受け付けるもの。災害の話は安易に取り扱って欲しくありません。

しかし今週のあらすじを見る限りでは、関東大震災について深く言及されることはなさそうですので、まぁそのことは良かった。

大阪弁の壁

地震の揺れを感じたシーン、てんが「自信?」と言ってました。関西では『しん』と言わないと地震のことになりません。でもイントネーションが違っても状況は解りますし、こういうのは些細なことなのでまぁ良いです。

それより、藤吉とリリコ。関西弁でも標準語でもない、おかしなイントネーションの創作方言をしゃべってます。もうこの二人は標準語でいいんじゃないでしょうか?大阪弁の壁が高すぎて演技ができないよりは、そのほうがいい。

風太も役作りに失敗していると思う。吉本新喜劇に出てくるチンピラなどがああいう感じ。役作りの参考にしたのかな。でも濱田さんがやっても板についてないし周囲の俳優さんとも合わない。ひとりよがりな感じになってる。これも即刻やめたほうがいいと思います。

こうなったら手当たり次第に(藤吉の口癖)、視聴者に不快感を与えることをひとつずつ、できることから地道に、解消していくしかない。根本のところがアレなのでどれだけ効果があるか分かりませんが、何もしないよりはましでしょう?

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