越路吹雪物語(34) ピアフとは違う、越路吹雪のシャンソンが歌いたい

※ネタバレ含んでいます。ご注意ください。

ダイジェスト

パリ滞在中のコーちゃんは、ある夜小さな店でエディット・ピアフの歌を聞いて打ちのめされ、ホテルの部屋で泣いた。

帰国して一ヶ月が経ち、コーちゃんは、ピアフとは違う自分のやり方で越路吹雪のシャンソンが歌いたいという気持ちを強くする。

初めての『越路吹雪リサイタル』は絶賛され、シャンソン歌手越路吹雪の地位を確立するものとなった。しかし『越路吹雪は芸術家』と絶賛する新聞記事が気にいらないコーちゃん。わたしは芸術家でなくただの舞台の芸人でいたいんだという。

コーちゃんは、舞台美術と衣装のデザイナー・真木小太郎と恋仲になり、息子も交えてデートを重ねる。プロダクションの社長は子供もいる真木との結婚に難色を示す。姉であり親友でもあるマネージャ時子は、コーちゃんの本気をわかるだけに複雑な思いで見守っていた。

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ピアフとは違う、越路吹雪のシャンソンが歌いたい

※ここから先は個人的な感想です。

プロダクションの社長さんは、コーちゃんの金遣いの荒さにあきれてます。コーちゃんは着物や宝石をドンドン買ってしまうらしいんですね。

コーちゃんはゴージャスが似合う子

プロダクション社長さんの言葉で、ひとつわかったことがあります。

コーちゃんは『ゴージャスが似合う子』。
そうなんです、越路吹雪のイメージはゴージャス。

だからかな、わたしが越路吹雪の『愛の賛歌』にゴージャスを感じるのは。岩谷時子さんの訳詞と、越路吹雪のゴージャスなイメージが相まって、華やかな男女の輝かしい恋愛の歌という印象があるのです。

エディット・ピアフの『愛の賛歌』は違う。もっと孤独で貧しい女性が目に浮かぶ。我欲を全部捨てて神と契約するかのような。男女の愛のように歌ってるけど実は違うんじゃないか。と、わたしは勝手に思っています。

ピアフを聴いた。コーちゃんの日記

ピアフを聴いた。語ることなし。わたしは悲しい 夜一人で泣く。悲しい、寂しい。わたしには何もない。わたしは負けた。泣く。初めてのパリで。

エディット・ピアフを初めて聴いた夜、コーちゃんは日記にこう書いたそうです。

しかし何度もピアフを聴きに通ううち、コーちゃんは、これはわたしのやり方とは違うなと感じたといいます。

ピアフは毎回同じように、素晴らしく歌う。いつも同じだという。なるほどね。ピアフは伝統工芸品の職人さんみたいに、どれも完璧に同じ美しさに仕上げるんでしょうね。

コーちゃんは、もっと自由にその時の気持ちをそのまま歌いたい。そのためには日本語でなくてはならないと。そしてコーちゃんは芸術家じゃなくて「舞台芸人」でいたいと。

芸術家(アーティスト)は、基本的に他人の評価に左右されない人達だと思います。コーちゃんがそうありたい「芸人」は、舞台でお客さんに芸を見せてお金をいただく人。劇場でお客さんと出会い感情をやり取りすることを、大事にしたいんでしょうね。

これはやっぱり、コーちゃんが「宝塚歌劇の人」だからなんでしょうね。

楽曲リスト

Hymne a L’Amour(Edith Piaf)

今日はエディット・ピアフの『愛の賛歌』を。

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