ひよっこ 9/12(火) 時子を全力で応援。ツイッギーコンテストに向けて

ダイジェスト

ツイッギーコンテスト出場の『自己アピール文』をあかね荘の女性たちに読んでもらい、アドバイスを求める時子。

時子の書いた文は、時子がこれまでしてきた努力・苦労、悔しさや涙が印象に残るものだった。世津子は『このような、頑張ってきました話はおじさん達の大好物。でも女性の支持を得るには、もっと明るくてこんな人になりたいと憧れが持てるものが良い』とアドバイスする。

時子らしく堂々と明るくして欲しいとみね子も言う。どんな風に表現しようか、時子は考える。

愛子の提案により「女性だけのリハーサル」をすることになった。
時子は安部米店に電話をしてさおりを呼びだし、リハーサルに招待する。

コンテストの前日、すずふり亭裏の広場にステージが設営され、女性たちが集まってきた。
あかね荘の女性たちに、鈴子さんや中華料理屋の安江さんもいる。
由香もやってきて、安江さんと再会を喜んでいる。
乙女寮時代の仲間である幸子、豊子、澄子もやってきた。

感想

いよいよ(やっと)、時子のコンテストに物語が進みましたね。
みね子が恋に浮かれていたときも、お父さんの件で奔走していたときも、ずっと時子は女優になる夢に向かって努力していました。

恋もせず、生活が苦しくても劇団を優先し努力を続けてきたブレない時子を、全力で応援したいと思います。

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時子の歩み

高校時代

時子は奥茨城の高校時代、演劇部に所属していました。文化祭のときは、時子を見ようと他の学校からもたくさん人が来るほど、地元では有名でした。(みね子の語りによれば)

オリンピック聖火リレーを奥茨城村で行ったとき、時子は報道陣に向かって笑顔を向けて走りましたが、女優なんて無理でしょ、と言わんばかりの意地悪なナレーション付きでTV放映されてしまいました。

働きながら劇団で活動

時子が集団就職で上京したのは、家計を助けるためではなく女優になるためでした。

向島電気に就職し仕事に慣れると、時子はさっそく劇団にはいり活動を始めます。仲間たちに励まされ、TVドラマのオーディションを受けましたが、茨城弁のなまりのため予選で落ちてしまいました。

向島電気が倒産して乙女寮がなくなったあとは、知り合いの劇団員の紹介で、喫茶店で働きながら演技の勉強を続けます。

初めてもらった役、初めてのファン

喫茶店を辞めて生活が苦しくなり、みね子の部屋に居候することになった時子。キャバレーで働こうと思ったこともありましたが、アルバイトでなんとかしのいでいました。劇団と女優の仕事を優先するためです。

みね子がTVのCMに出たころ、時子は初めてTVドラマの小さな役をもらいました。かつてのオーディションの審査員が時子のことを覚えていて、茨城弁の女の子の役に抜擢してくれたのです。(この件がその後どうなったのかは、描かれておらず不明)

その後、はじめてファンに激励されたと時子は喜びましたが、それは米屋のさおりでした。さおりは、時子が女優になれば三男は時子をあきらめると思ったのです。

ある日時子は、時代劇の町娘役をもらい現場に行きました。着物を着て髪も結ったのに『こんなに背のたかい町娘は江戸時代にいるわけがない!』のひとことで、その場から帰されてしまいました。

ツイッギーコンテスト

ツイッギーコンテストを知った時子。劇団の友人たちは商業主義のブームに乗ったコンテストをくだらないと言いましたが、時子はずっと気になっていました。

そんなとき、日本橋の安部米店を訪ねて、偶然にも三男の一途な思いを聞いてしまった時子は、ツイッギーコンテストに出ると決意します。三男に甘えていた自分から脱却して必ず女優になる、と決意したのでした。

しかしコンテストの締め切りはすぎていたのです。落ち込む時子。救いの神となったのは、実家の母君子さんでした。君子さんは母の直感に従ってコンテストに応募しており、そのおかげで書類審査を通過することができたのです。

時子はコンテストに向けて、早苗さんに洋服を選んでもらったり、ウォーキングの練習をしたりしていました。自己アピール文を英語で書いていたりしたのですが、やめたようですね。今回の自己アピール文は、日本語でていねいに鉛筆書きされていました。

世津子から時子へのアドバイス

時子の自己アピール文をまとめると、こうなります。

  • 子供のころからずっと女優になりたかった
  • 女優になりたくて上京し努力してきた
  • 背の高さや訛りで悔しい思い、涙涙の日々だった
  • 私はわたし、自信をもって頑張ろうと思う
  • ツイッギーは私のあこがれ、私もありのまま輝ける存在になりたい

素直に自分の思いを書いていますが、ごく平凡だし、苦しくても辛くても負けないというジメジメした印象が残ります。世津子さんのいうように、昭和のおじさん達は、苦しくったって悲しくったって負けない頑張る女の子が好きなので悪くはないのですが、やっぱり古いね、こういうのは。

世津子は、もっと明るく、女性がこうなりたいと思うような内容がいいと言います。そうですね。『時子らしく、自信をもって堂々としていて欲しい』とみね子も言うのですが、

あれ、そうかな?
わたし、時子が自信をもって堂々としてる子だと思ったことないよ?
気弱なときも多いし、イザとなったら緊張するし。
家族や三男、ヤスハルには強く当たってますけど、それは、親しい人あるいは男性だから強気に出れるだけのことで、甘えの裏返し。実力に裏付いた自信なんてまだないし、見せてもいないと思う。

(このみね子のセリフは、コンテスト当日の時子の堂々とした姿を先に言ってしまったのではないかと)

さておき、時子は自己アピール文をどんなものに修正してくるのでしょうか。
楽しみです。

時子のリハーサルに集まった女性たち

時子のリハーサルに集まった女性たち。

幸子、豊子、澄子は、向島電気で同じ工場ラインで働いていた仲間。
住むところも食事もお風呂も一緒。ケンカもし励まし合い歌った、一生の友だちです。

愛子さんは向島電気の舎監で世話になった人。いまはあかね荘で一緒。

さおりは、三男の働く安部米店の娘。
最初は、三男の恋をあきらめさせようとの思いから、ファンのふりをして時子に近づきますが、時子の本気の決意を聞いてからは、本心から時子を応援しています。

由香は、最近みね子を通して知り合った人。
噂だけはみね子から聞いており、月時計会議で初めて顔をあわせました。

世津子も、みね子のお父さん事件の関係で知り合った人。
早苗はあかね荘、鈴子さんはすずふり亭で。

安江さんは、ギョウザパーティで初めて会ったのではないかな。

あとがき

男性たちは、会場の設営で働くだけ働かされたうえ、すずふり亭から出てくるなと言われてしまいましたが、これはちょっとひどいね。男性にも見てもらえば、いいのにね。

三男が歌っていた、
♪好きなんだけど~(パパパン)離れてるのさ~(パパパン)

は、西郷輝彦の「星のフラメンコ」です。
(パパパン)の部分はフラメンコ風の手拍子。
時代劇の俳優である西郷輝彦さん、昔は歌手でした。

富さんは、薬を飲んで寝ていました。心臓を押さえておりちょっと心配です。
作戦会議のときは元気だったのに、疲れが出たのでしょうか。
無理しないでゆっくりして欲しいです。

豊子&澄子、ハワイには行ったの?
出てきてくれたのは嬉しいですが、こんな所には来て欲しくなかったかも…。
ヘンなセリフを言わされたり、はしゃいだりさせられたらと思うと悲しくなる。

続きます。

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