カーネーション(75,76) だんじり囃子が聞こえて、懐かしく幸せな日々がよみがえった

※ネタバレ含んでいます。ご注意ください。

 ダイジェスト

勝の戦死を知った糸子(尾野真千子)だが、悲しみすら実感できないまま葬式を出す。そして、炎天下の消火訓練や空襲警報の合間に、疎開先の家族に自転車で食料を届けるのだった。泰蔵の戦死や神戸の屋敷の全焼など、つらい出来事を感情を殺してやり過ごしていた糸子だが、だんじり小屋を訪れた時、幸せだった時代を思い出して涙がこみ上げる。疎開先の空襲から子どもたちを守った糸子は、「絶対に死なない」と固く誓う。

終戦を迎え、糸子(尾野真千子)は善作たちを思い静かに涙を流す。しかし心機一転、モンペからアッパッパに着替え、解放感を味わう。アメリカ軍が来るからと注意されるが、もう二度とモンペをはく気はなかった。店では軍から払い下げられた布地で肌着を縫うくらいしかできないが、糸子は木之元(甲本雅裕)と一緒に闇市へ行き、物の豊富さに目を丸くする。帰り道、アメリカ軍をはばかって今年もだんじりが中止になったと知る。

引用:Yahoo!Japan テレビ

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だんじり囃子が聞こえて、懐かしく幸せな日々がよみがえった

※ここから先は個人的な感想です。

勝さんの死亡通知所には、戦病死って書いてありましたね。
病院でなくなったからお骨も帰ってきたんやな…。

勝さんを最後に見たのは出征を見送ったとき。
それからずっと姿を見てへんのに、病気になって寝てる姿すら見てへんのに、こんなふうにお骨だけ帰ってきても、やっぱり信じられへんと思う。

糸子は「気持ちってもんがどっか行った」状態で、暑いセミがうるさい、それだけしか感じてません。

食べてない寝てない上に、食料の調達やら疎開先の世話やら、防災訓練やらで体力気力の限界のところに、勝さんが病死したっていわれても…でも「これはこれでラクや、悲しい辛い、しんどいがない」と、クールに自分を見れる。感情だけを封印してる。

わかる。ほんとうに辛いときは涙もでえへんもんね。

花びらの赤。だんじり囃子でよみがえった幸せな日々

『気持ち』ってもんがどこかへ行ってしまった糸子が見ている世界は、モノクロで色が付いていません。勝さんのお葬式は呆然としてるうちに終わり、空襲警報で起こされて走って、疎開先と店を往復して、防火訓練をして…極限の日常が続きます。

そんな中、神戸のお屋敷が焼けてしまい、泰造兄ちゃんの死亡通知まで来てしまった。もう、どこまでやられたら終わりになるのか?ってくらいね。その間、糸子はずっと色のない世界を見てたんやな。

疎開先の家は、岸和田の喧騒とは別世界。緑が美しくて静かです。
優子・直子の摘んできたお花を手の平に受け取ったとき、糸子ははっとしました。つゆを含んで湿った花びらは、糸子の感情を目覚めさせたんやわ。

このときの赤い花びらの美しいこと。

自転車を押して歩く糸子は、角を曲がったとき、だんじり囃子が聞こえたような気がして。そしたら一瞬にして、勝さんも勘助も、お父ちゃんも泰造兄ちゃんもいた、懐かしい祭りの日が蘇ったんです(;_;)。

なんて幸せな愛おしい日々だったことか。ああ、今これを書きながらも涙ボロボロやわ。
カーネーションで再現シーン見たの初めてです。ここぞというときだけ、ビシッと決めてくれる演出、なんて素晴らしいんでしょう。

だんじり小屋で泣き崩れる糸子の足元に、赤い花びらがこぼれていました。

奈津が見た焼夷弾は、花火みたいにきれいだった

空襲警報は毎日鳴り続けましたが岸和田には爆弾は落ちず、なんと疎開先の山中町に落ちてしまいました。

ひとり疎開先の家に駆けつける糸子。家ではみんな泣いてばっかりで、避難の支度もしてない。あぁ、お母ちゃんがもうちょっとしっかりしてたらなぁ…。

糸子が「川に逃げるで」といったとたん、近くに爆弾が落ちて地響きがしました。泣き叫ぶ子どもたち、みんなその場を動くこともできず震えているだけ。

こんな田舎に爆弾落としよって!どこまでやったら気がすむんか、ええかげんにせえよ!
糸子の怒りが爆発。極限状態にはその人の本性が出ます。糸子は激怒するタイプやな。「ウチは死なへんで!」と空に向かって叫ぶ糸子。

画面は一転して夜の草むら。静かです。虫が鳴いています。
奈津は、夜空に焼夷弾が描く光を見ていました。花火のようにきれいです。あの花火の下では地響きがして人々が泣き叫んで、家が炎に包まれているのに、遠くでみる焼夷弾はまるで花火のようで、ただ美しいだけ。

ずいぶん遠くに来てしまった…
吉田屋の借金が返せず母と一緒に夜逃げした。食べるために、泥棒までしてしまった。もう何も失うものはない、怖いものはない。空を見上げる奈津の表情は暗くて良く見えませんが、涙を流していたのでしょう。

ずっと忘れられないくらい、美しいシーンでした。

終戦、そしてだんじり

セミがじゃんじゃん鳴くある日の昼、玉音放送で終戦が告げられました。
放心しながらもキチンとラジオを切って「ほなお昼にしよか」とご飯を作ってひとり食べる糸子。この人はどんな事があっても生きていくと思うわ。

お父ちゃんと勝さんの写真と位牌を荷物から出しました。
久しぶりに鏡を見て、おばちゃんになった自分を嘆きました。
ラジオで宝塚の歌声、久しぶりに軍歌でない唄を聞きました。
軍服こさえるのは、もうやめた。

こんな毎日を過ごしている間に、少しづつ日常が戻ってきます。
生きているものは、これからも、生きていかんならんのです。

闇市で怖いくらい値切ってお砂糖を買った糸子は、本調子になってきました(^^)。

次は、だんじりや!

アメリカ軍を刺激しないようだんじり中止のお達しがでましたけど、見るだけでも、とみんなだんじり小屋に集合。直子は引く気まんまんで準備運動してる。

「いま、これ引かれへんかったら、ほんまに終わってしまうど」木岡のおっちゃん。
その通り!やられっぱなしにやられたけど、だんじりはワシらの誇りや、これだけは守る、誰にも渡さへん。そういうことです。

笛が鳴り出しました。トコトン、トコトンと太鼓も始まりました。
ああ、ええなぁ。祭囃子を聞くと心の深いところから喜びがこみ上げてきます。

あとがき

わたしは伝統ある祭りが好きです。
青森ねぶた、花巻祭り、遠野の祭、飛騨高山祭、東京・神田の祭、大津祭、阿波踊りも見ました。でも「だんじり」は見たことがありません。見てみたいなぁ…。

わたしにとっては祭りといえば祇園祭。いろんなお祭りを見て、それぞれ感動しましたけれども、やっぱり祇園祭が一番やと思っています。

でもそれはそれ。これはこれ。
岸和田のだんじりも、ぜひ見てみたい。生きているうちに。

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