カーネーション(70) 糸子にとって戦争ってどんな感じなんだろう

※ネタバレ含んでいます。ご注意ください。

 ダイジェスト

昭和18年9月。戦局が厳しくなり、オハラ洋装店でも庭で野菜を育て、衣料品を手に農家を回って食料を得るようになった。糸子(尾野真千子)らが軍需品の肌着などを縫う脇で、長女・優子(花田優里音)は軍事教練ごっこに余念がない。そんな中、優子にせがまれ糸子は映画を見に行くが、戦争の場面ばかりで退屈して出てきてしまう。糸子は、暗い子ども時代が続く娘たちを思い、せめてキレイな絵を描くようにと色鉛筆を買ってやる。

引用:Yahoo!Japan テレビ

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糸子にとって戦争ってどんな感じなんだろう

※ここから先は個人的な感想です。

昭和18年9月。最近は商店街は閉まり配給も減ってきて、糸子たちは衣料品と物々交換して食料を手にいれているようです。このあと日本がどんなことになるかも知らず、糸子たちは日々の生活で頭いっぱいです。

糸子は、出生した男性たちがどんな毎日送っているのか、想像もつかないでしょうね。今みたいにTVで戦争ドラマが見れるわけでもないし、糸子は本なんか読みそうにないしね。ラジオや映画しか情報源はないでしょうね。あと、お父ちゃんが日露戦争ではどうやったこうやったという昔話から想像するくらいかな。

今回、糸子と子どもたちが集会所でみた「戦争映画」はどんなもんやったのかな?
教育用の映画のようなので、実録フィルムに戦意高揚させるナレーションを入れて仕立ててあるのかな?ちょっと見て見たい気もするけど…

映画の最中ずっと、糸子は居眠り。興味もなにもないって感じ。
途中で直子と一緒に外へ出て、思いっきり伸びをしてました。

糸子にとって戦争というものは、興味もない、つまらん、どっか遠い国で男たちがドンパチやっていっぱい死んで、ああイヤや。はよ終わって好きなように商売さしてくれ!と、まぁ言うたらそんな感じなんでしょうね。

勘助の心の傷の深さが糸子にわかるはずもなく(勘助も、糸子にだけは話す気にならんと思うわ)、勝さんの毎日も想像もでけへんのでしょう。

糸子も愛国婦人会のおばはん達も、優子たち子供も、女性たちは大変ですけど、やっぱり男性のほうがどう考えても辛いと思う。わたしが女性に生まれてよかったと思うのは、ゆいつ、このことだけです。

あとがき

それでも今年もだんじりや。何があっても引かんならんとつぶやく糸子。
そのとおり、お祭りは、何があっても毎年涼しい顔して、何事もなかったかのようにやらなあきません。

ちなみに、京都の祇園祭・山鉾巡行が中止になったのは、以下の3回だけだそうです。

①応仁の乱
②太平洋戦争
③昭和の地下鉄工事

今日は国会中継の影響で一話だけでした。明日に繰越しです(^^)

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